時代を変えた日本初ヌードポスター『赤玉ポートワイン』
今回の豆知識のテーマは『時代を変えた日本初ヌードポスター、赤玉ポートワイン』です。
みなさんはこのポスターをご覧になったことがありますか?
これは、大正13年に出版された、日本で始めて製作されたヌードポスターです。
今はどうってことはありませんが、当時女性が上胸を露出するのは大変な冒険でした。
このポスターの制作をした宣伝の鬼才『片岡敏郎』の広告戦略は的中し、初版は大評判ですぐに再版されました。
しかし、これをまねた他社のヌードボスターは、次々と取り締まられたといいます。
今も愛され続けている『赤玉ポートワイン』についてご紹介していきたいと思います!
赤玉ポートワイン誕生
1907年(明治40年)、寿屋洋酒店(現・サントリー)が発売した赤玉ポートワインは、フランスから輸入した生葡萄酒に甘味料を加えて日本人向けに配合した酒精強化ワインです。濃紅色でとろりとした甘みのあるワインで日本人の嗜好にあっていました。
名前の『ポート』はポルト港から由来しているもので、ポルトガル産を意味していました。
後に、商標権に問題があるとポルトガル政府からの抗議を受けて、現在は名前が『赤玉スイートワイン』に変わっています。
サントリーの社名は、この赤玉を太陽にみたてて『サン(sun)』とし、それに創業者である鳥井信治郎の名前をつけて「サントリー」と命名したといわれています。
この赤玉ポートワインは大当たりを獲得し、大正後期には国内ワイン市場の60%を占めるまでに成長しました。
総合洋酒メーカーとしてのサントリーの土台を築きあげた商品としてその名を知られ、今日まで発売され続けています。
時代を変えた日本初ヌードポスター
赤玉ポートワインのポスターは、日本の広告ポスター史を語る上で絶対に外せない一枚です。広告界の鬼才といわれた片岡敏郎は、日本で初めてポスターにヌード写真を取り入れ、模倣を恐れて極秘裏に制作されましたが、多くの話題を呼びました。
モデルの女性はスタジオに6日間もカン詰めになり、1ポーズについて60枚もの写真を撮られるという徹底ぶり。
最初は着物姿、次に肌着、最後は上半身裸というふうに、モデルの気持ちを自然に和らげムードを高めたそうです。
無彩色の背景に、ワンポイントの赤いワインへ視線を引きつける計算された画面構成は、
ドイツで行われた『世界ポスター展』で第1位に入賞されました。
しかしモデルの女性は、このポスターに出演したことによって親から勘当されてしまいます。
当時、胸元から上の裸はインパクトが強く、好評だったにもかかわらず、こんな姿は若い娘がやることではないと、姉弟、親戚中から批判され、親から勘当されたそうです。
しかし、このポスター出版後から赤玉ポートワインは驚異的な売り上げを記録します。
関東大震災にあたって寿屋が精力的な支援活動をしたこともあって、赤玉ポートワインの存在も全国的に知られるようになり、現在まで長きにわたって続く、サントリーの宣伝広報力の高さを示すことともなったのです。
まとめ
『赤玉スイートワイン』と言えば、黄色地に大きな赤丸が描かれたラベルが印象的です。今から100年以上前(1907年)に販売が開始され、現在もなお売り続けられている歴史のあるお酒。
そのレトロな風情と安心感のある味から、今でも多くの人に親しまれ、愛飲されています。
どの酒屋をのぞいてみても、大抵はワインコーナーの片隅にひっそり鎮座している、定番中の定番商品です。
そのまま飲むだけではなく、ソーダやトニックウォーターで割ったりと、色々な楽しみ方ができるのも赤玉スイートワインの特徴です。
最近では、NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」に登場していたところから人気が再燃しています。
今後もっと人気が出てきそうで、是非注目していきたいですね!